2022/12/26

高知県大川村の子どもたちにトコロジスト講座を実施します

 高知県北部、四国のど真ん中にある大川村は人口359人。島しょ地域を除いて日本でもっとも人口の少ない村として有名です。かつては県内最大の鉱山を有し、4,000人を超える人口を抱えていましたが、1972年に鉱山が閉鎖、1973年に早明浦ダムが建設されたことにより村の中心部が水没してしまいました。

 その大川村の教育委員会からトコロジスト養成講座のご依頼をいただき、少し前になりますが11/23~11/24に大川村へ行ってきました。ここでは当日の講座の模様と来年度以降大川村で始まる小中学校のトコロジスト学習についてどんなことを考えているかについてご紹介します。


●「大川村山村留学」

 講座の対象は、大川村の子どもを持つ保護者と子どもたちでしたが、当日の参加者は大川村山村留学の小中学生と地元で生まれ育った子どもたちでした。山村留学とは、全国26か所の自治体が加盟して作っている全国山村留学協会というNPO法人が普及している教育プログラム。義務教育の期間に1年単位で寮生活やホームスティで子どもたちを受け入れ、地元の小中学校へ通いながら都会では経験できないことを体験していこうというものです。

 大川村では現在10名の小中学生が寮生活をおくりながら村の小中学校に通い、村の子どもたちと一緒に学校生活、山村生活を体験しています。

 子どもたちの寮生活はスマホ禁止、テレビもほとんど見ないという、都会での生活とは180度異なる生活。小学5年生から中学3年生までの異年齢の子たちが一緒に生活し、休日には毎週のように村内での自然体験活動の開催やイベントへ参加し、村民との交流を通じて大川村のことを学んでいます。

 寮から学校への通学はスクールバスで送迎され、標高700mを超える山岳地帯のため移動手段は基本徒歩のみです。そのため学校の帰りにちょっと寄り道をするといったことはできません。宿舎である白滝の里周辺と学校の周辺が子どもたちの生活圏です。


●「トコロジストと場所への愛着」

 教育委員会からは、今回の講座を実施するにあたって次のようなリクエストがありました。大川村では、今後、山村留学の子どもたちに「トコロジスト(その場所の専門家)」になるためのプログラムを導入する事で、地元の子どもと一緒に大川村を誰よりも知っている人材として成長して欲しいと考えています。そして、子どもたちが大川村に愛着を持ち、村を大切なふるさととして将来関わってくれたらうれしい。今回はそうした継続的なプログラムのプロローグになるような話をしてもらえないか、というお話をいただきました。

 そこで、私からは「場所への愛着」というテーマでお話をしてきました。バードウォッチングや自然観察を趣味にしている人の中には、自分のフィールドを持って足しげく通っている人たちが大勢います。彼らは自分のフィールドに通う中で、その土地に対する強い愛着を持つようになっていきます。そのようなある特定の場所にこだわっている人のことを「トコロジスト」と呼んでいること、そしてそういう人は意外と身近にいるのではないか、ということをお話ししました。すると案の定、みんなの視線がある人に集中しました。その方は、元大川小中学校の先生で大川村の自然や郷土史に関心を持って、いつも自分のフィールドを歩いていらっしゃるそうです。やはり身近なところにメンターがいらっしゃったようで私もうれしくなりました。


 さて、そうした場所への愛着の気持ちは、ときに自分のフィールドが自然破壊などで壊れてしまうと、強い喪失感となって反ってきます。日本野鳥の会の会員の中には、そうした喪失感をきっかけに自然保護を自身のライフワークにするようになった方が大勢います。

 日本野鳥の会愛媛県支部の会員であり、西条自然学校を主宰する山本貴仁さんもその一人。今回の講座に同行してくれた山本さんからは、中学生のころ自分のフィールドで起こった自然破壊と、その時に感じた口惜しさ、大人への不信感、社会への怒り、そして諦めの感情についてご自身の言葉で話してくれました。このときの体験が原動力となって、山本さんは大学院卒業後、一旦博物館の学芸員になりますが、その後独立して自然学校を立ち上げ、それ以来、愛媛県内の生物多様性の保全に力を尽くされています。

 人への愛情と同様に、生き物への愛情、そこで暮らす人々への愛情、そして場所そのものへの愛情というものがあること、その場所がなくなったときに感じる喪失感、そうした負の体験をばねにして自分のライフワークを築いてきた力強さ。子どもたちは山本さんのお話を真剣に聞いてくれましたが、どのように響いたのでしょうか?


●ワークショップ「大川村 好きな場所マップ」

 一通りトコロジストについてのお話を聞いてもらった後、今度は子どもたちが日ごろ大川村のどんな場所に気持ちを寄せているのかを知りたいと思い、村の地図を広げて自分が行ったことのある場所とその中でも特に好きな場所に地図上に印をつけてもらいました。

 事前の私の予想では、寮生活を送っている白滝の里周辺と毎日通っている学校の敷地内に印が偏り、他はほとんど印がつかないのではないかと思っていたのですが、いざやってみるとやや違った結果になりました。白滝の里に印が集中しているのは予想通りだったのですが、それ以外にも村の全域に好きな場所が点在していました。

✔ 行ったことがある場所

❤ 好きな場所


 教育委員会では山村留学生向けのプログラムとして毎週のように村の随所でイベントを開催しており、村人と触れ合いながら山村での生活を体験してきています。そのため、村での行動範囲と地元の方との交流は意外と広範囲に及んでいることがわかりました。

 完成した地図を全員で共有しながら、個々の場所に対する思いを聞かせてもらった後、これから一年間大川村でやってみたいこと、歩いてみたいところを自由に話してもらいました。今後、トコロジストのための学習が進んでいくことで、子どもたちの場所への認識がどのように変化していくのでしょうか?今からとても楽しみです。


●「大川村で社会を変える体験を」

 最後に、次年度以降「トコロジスト」というキーワードを使って大川村でどんなことを行っていきたいと考えているのか、教育委員会の皆さんと話したことをご紹介しておきます。

 まずは現在行っている山村留学のプログラムを生かしながら、大川村小中学校の子どもたちができるだけ大川村の自然を具体的に学べるように工夫していきたいと思います。そしてその先に子どもたち自身が自分の身の回りの自然や歴史、文化を調べることができるようなスキルを伝えていきたいと思います。ゆくゆくは大川村の専門家となった子どもたちが、村の大人たちに大川村の生物多様性の保全や、持続可能な村づくりについて具体的な提案ができるようになってくれたらと期待しています。

 そうした活動を展開していくためには、高頻度で生徒たちと接することのできるメンターが必要です。そこで日常的な対応としては、大川村を活動のフィールドにして通っている西条自然学校の山本さんにお願いすることにしました。私はその活動をバックアップすることになります。

 社会を変えることは簡単ではありません。特に人が多く集まる都市部では様々な要素が複雑に絡み合い、その仕組みを変えることは大変難しいことです。もちろん人口規模の少ない村であってもそうした難しさはありますが、村人全体で子どもたちの教育を支えている大川村なら、ある意味そうした社会を変えるような体験が可能なのではないかと思います。

 子どもたちが「社会は変えられる」という体験をすることは、これからの持続可能な社会を作っていくうえで、大きな力になります。そしてそれこそが日本で最も少ない人口を抱える大川村にこそできる教育ではないでしょうか。

(普及室 箱田敦只)


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